(小野 1994) バイリンガルの科学 どうすればなれるのか? 第2章
第2章 バイリンガルを科学する
日本人児童・生徒の海外における学習言語(英語)の習得
海外在住の日本人児童・生徒の日本語・英語語彙力の追跡調査の結果。
このように小学校全部を一つの言語で通し、その言語を母語とし、その基礎を習得した後、異なる学習言語(外国語)により教育を受け、努力によってバイリンガルになることは、小学校の段階で学習言語が変化する場合に比べ比較的容易だと考えられます。
しかし、小・中学校の一時期、特に小学生の年代を親と共に数年間だけ海外で過ごした子どもの場合、必ずしも良い結果が得られていないのが現状です。
第1章に記されたように、バイリンガル成功の最大のポイントは母語の確立である。小学校の途中で学習言語が変化することは母語の発達には大いに不利となろう。結果として、バイリンガルとなる成功率が下がるのも当然といえよう。
バイリンガルへのヒント
祖語を同じくする言語、例えばフランス語やイタリア語とスペイン語であれば別ですが、日本語と英語の場合、語順や語源が異なるため、母語の基礎が完成していない児童・生徒は混乱を起こしやすいものです。そのため、言語の習得過程で語順の混乱を生じたり、日本語の文型の中に英語の単語が混在する、という混乱期を経て、現在の学習言語である英語が習得されていく場合が多いようです。
カナダでのトータル・イマージョンの成功は、言語間の距離という要因が大きい可能性はある。少なくとも文法などの混乱は、日本語と英語ほどには生じにくいだろう。日本語・英語のトータル・イマージョンがバランス・バイリンガルへの最短距離なのかどうか、簡単には答えは出そうにない。
逆に言語間の距離が著しく近い場合を仮定してみよう。たとえば日本語の標準語と関西弁をCumminsの二言語共有説に当てはめると、両者の三角形はほとんど完全に重なる。このような状態では、母語成熟前に学習言語を変更しても、母語獲得への影響は無視できるほど小さいのだろう。
再び感受期の話
この説を今までの海外生活経験者の言語力の結果に照らしてみると、実によく当てはまっていることがわかります。小学校の低学年くらいまではまだ感受期の内で十分な可塑性があるため、母語自体を変えることができます。すなわち海外で生まれた子どもでも、小学校低学年までに帰国して日本語だけの言語環境に置かれると、完全な日本語を習得することができるわけです。ただし、この場合、生まれた国の言語の方はすっかりといってよいほど忘れてしまうことが多いのです。
小学生のほとんどの期間を海外で一つの学習言語で通し、中学生後半、高校生位になって帰国した子どもはもう年齢的には感受期を過ぎており、英語で母語が確立していれば、日本語を外国語として学習することになり、これも混乱は起こりません。もちろん、逆に日本語を母語として育ち、中学生以降になって英語を外国語として学習し始める場合も同じことです。
最も問題になるのは、小学校中学年(三〜四年生)くらいで母語を変えざるを得ないような環境の変化があった場合です。この時期は感受期が終わりかけている時期で、母語が確定しかかっているわけですから、一部は最初の言語の影響が残り、一部は新しい言語を習得してしまうというような混乱がおこるのでしょう。そこで言語力もどっちつかずということになりやすいのだと思われます。
母語が確定しかかっている小学校中学年からの学習言語の変化は、致命的な問題を起こす可能性がある。理論的にもそのように考えられるし、実例も示されている。このようなリスクは、できるだけ避けなければならない。