(中島 2001) バイリンガル教育の方法 12歳までに親と教師ができること 第6章

バイリンガル教育の方法―12歳までに親と教師ができること
やっと半分・・・

第6章♣アメリカのバイリンガル教育

これまでの経緯

アメリカのバイリンガル教育」の目的は、私たちの目指す「バランス・バイリンガル」の育成ではない。

連邦政府から援助の出る「バイリンガル教育」とは、「子どもの英語の力がつくまで、つまり、英語力がないために学年相当の教育を受けられない場合にのみ、母語による学習を容認する」という意味で使われている。

第1章に書いてあったとおり、米国での主流は「過渡期バイリンガリズム」。

過渡期バイリンガリズム transitional bilingualism
主要言語の授業についていけるようになるまで一時的に2言語を併用するもの。米国のバイリンガル教育はこれで、最終目標は主要言語(英語)のスキル上達のみ。母語がどうなるかは気にしない。

この方法では「バランス・バイリンガル」を育てることではない。せいぜい「ドミナントバイリンガル」止まり。でも米国としてはそれで十分。米国にとっては、英語こそがグローバルランゲージなのだから。

バランス・バイリンガル
年齢相応のレベルまで、どちらのことばも高度に発達している
ドミナントバイリンガル
一方が年齢相応、もう一方は不十分

一方で、アメリカでも「過渡期バイリンガリズム」以外の方法も行われてきた。

公立小学校での外国語教育

1950年代にアメリカでFLES (Foreign Language in the Elementary School、初等教育での外国語教育)が始まり、カナダ・イギリス・フランスその他のヨーロッパ諸国へ広がった。しかしその試みはどの国でも失敗に終わり、「早い時期に外国語の学習を始めるということは、それだけ学習時間が増すということ以外は、利点は見いだせなかった(Stern & Weinrib 1977)。」その結果、FLESは近年衰退の一途をたどっている。今はESLによる「過渡期バイリンガリズム」が中心。

イマージョン方式の外国語教育

1971年にアメリカで初めてスペイン語のイマージョン・プログラムができ、それほど多くはないものの、生徒数は年々ふえている。ただし具体的な方法は学校ごとに決められており、パーシャル・イマージョンやトータル・イマージョンが学校によりまちまちに行われている。それではどの方法が成果を挙げているのであろうか?

これまでの調査では、イマージョン方式の子どもは従来の1教科としてのFLESと比べて、その到達度が圧倒的に高いという結果が出ている。例えば、ラッセルらは全国から15の小学校を選び、(1)トータル・イマージョン、(2)パーシャル・イマージョン、および(3)普通のスペイン語とフランス語のFLESで4年生から中学1年生まで学習した子供たち(382人)の語学力の比較をしている(Russell 1985)

聞く 話す 読む 書く
FLES 22 65 14 16
パーシャル・イマージョン 39 99 27 21
トータル・イマージョン 88 99 75 69

このように、バイリンガル育成方法としてはトータル・イマージョンの優位性は明らかである。

日本語イマージョン・プログラム

バイリンガル育成法としてのイマージョン方式の優位性が明らかになるにつれ、日本語でのイマージョン・プログラムも一部の学校で1984年に始まっている。現在アメリカの日本語イマージョン教育はほとんどがパーシャル・イマージョンである。トータル・イマージョンのほうが明らかに効果的であるにもかかわらず、パーシャル・イマージョンが行われているのである。

これに対して、バージニア州フェアファックスのイマージョン・プログラムの責任者アボットさんは、「これまでの研究の結果、トータル・イマージョンの場合、一時的に教科の成績が下がるという結果が報告されています。それは数年のうちに取り戻すということですが、一時的にせよ成績が落ちるとすれば、父母の支持を得ることが難しくなります。そこで、その落ち込みが見られないパーシャル・イマージョンを採用するとこにしたのです。」と述べている(1996佐々教諭とのメール通信より)。

どこの世界でも、目先の末節に目を奪われて、本質が見えなくなる人はいるものだ。特に子供のこととなると。その結果、バランス・バイリンガルはやはり育っていない。

一体このようなプログラムで6年間、毎日少なくとも半日(正味2時間程度)日本語を学習言語として使っていたら、どのくらい日本語ができるようになるのだろうか。ビデオを使って、オレゴン州のイマージョンの子供たちの日本語の力が、学年が上がるごとにどのくらい伸びていくかを調べたフォルスグラフの研究によると、まず生徒自身の自発的発言は驚くほど少なく、6,000の発話のうちたった1つだったという。つまり、圧倒的に教師主導型の授業になっている。そのため聞く力はかなり高度に伸びるが、会話力は幼稚園から日本語を初めて4年生ぐらいで日本人の訪問客と簡単な会話ができるぐらいになるそうである(Falsgraf 1994)。読み書き能力はどうかというと、全体的にかなり低く、現場の教師たちの話では、6年間で漢字は100〜150字がせいぜいということだった。

まとめ
  • アメリカの過渡期バイリンガリズム方式やパーシャル・イマージョン方式では、バランス・バイリンガルは育たない。
  • バランス・バイリンガル育成法として成功しているのは、トータル・イマージョン方式のみ。
  • 日本語でのトータル・イマージョン方式は、父母の支持を得られないために実施されていない。