(小野 1994) バイリンガルの科学 どうすればなれるのか? 第3章

http://shinshomap.info/book/book_image/4062570114.jpg

第3章 海外駐在・帰国子女のバイリンガルへの道

賢い親子は選択する(海外へ滞在する親子の方へ)

母語を持たない「国際人」
どの言語でも抽象的思考ができず、複雑な表現もできない多言語使用者のことをセミリンガルといいます。海外在住子女は一歩間違えばセミリンガルになる危険性をいつも持っているといえます。それどころか、現に帰国子女の中に多くのセミリンガルがいるのです。時として親や本人も自分がセミリンガルであると気づいていない場合があるばかりか、その主たる原因が海外での年齢を考慮しなかった学習言語の選択にあることにも気づいていません。
第1章で述べた小学校の3年までドイツの現地校に、4年から小学校を卒業するまではイギリスの現地校へ通い自宅では日本語を使用していたというセミリンガルの中学生を思い出してください。
他人事ではありません。どの海外在住子女もセミリンガルになる可能性があります。また、大変残念なことですが、在日外国人子女の場合も、日本語教育が日常の学習に役に立つレベルに達し日本語で学習効果が上がらないと、セミリンガルになる危険性が濃厚です。彼らには十分な母語教育が行われていないからです。

海外での選択が差をつける

小学校3,4年生
言語の習得や知的発達への影響が大きな海外滞在時期は小・中学生の時期である、とすでに書きましたが、現地校で日本語以外の言語で学習する場合、最も注意すべき学年は出国、帰国時ともこの小学校3,4年生の時期です。
その理由は日本語から外国語へ変化する場合でも外国語から日本語への変化の場合でも同じですが、母語の基礎が完成する直前に学習言語が変化することになり、言語習得上の混乱が起こりやすくなるため、きちんとした母語の基礎が確立せず、両言語とも中途半端なセミリンガルになるケースが多いからです。
第1章で母語の基礎が確立する時期は小学校5,6年生、10〜12歳前後であり、この年令はどんな民族、言語でもほぼ同じ年令だと述べました。それではこの年令に依存する言語内容における重要な変化とはなんなのでしょうか。この時期を酒井に言語の高度化が進み、使用する語彙が難しくなり文章の構成が複雑になるばかりか、内容的には抽象概念を言語で理解できるよう表現したり、文字で書き表して表現できるように高度化することです。
すなわち、言語的に大人の内容が理解できるまでの準備期間が、出国、帰国時から何年あるかが問題なのです。出国、帰国時が幼児から小学校1,2年生であれば、準備期間が少なくとも4〜5年はあり、その期間に教科に対応する外国語力、日本語力を身につけるだけの時間的余裕があります。しかし、出国、帰国が小学校3,4年生の年代ですと、母語の基礎の完成までほんの1〜2年間しかなく、さらに、親が帰国後に海外で得てきた英語力を保持させたいと考え、学習言語としての日本語力が不十分であっても英語力保持に固執し、日本語の学習を怠る場合が多いのです。このような生徒の中には、中学生になっても、両言語とも不十分なセミリンガルの帰国子女をよく見ることがあり、大変残念です。海外在住・帰国子女の言語・知的問題を論じる際に年齢における言語習得の理論が非常に重要である理由はここにあるのです。

帰国準備、帰国後の教育

小学校3,4年生
さて滞在期間が短かったり、現地校に適応できなくて、英語学習が進まず母語が日本語のままの児童でも、漢字や語彙など日本語力前半について遅れている場合が多いので、時間をかけて日々コツコツと、父母も一緒になって工夫しながら日本語を学習しましょう。
日本語・外国語力とも小学校1年生程度のセミリンガル児童の場合でも、時ととして日常会話が一見流暢だと、母親は客観的な評価をしないで、「うちの子は英語も日本語もできます」と安心してしまう場合も多いので、注意する必要があります。学年に比べ2学年下くらいまでのレベルの日本語力があれば、学校の授業や友達との会話の理解には不自由しませんが、それより低いレベルであれば日本語の取り出し教育などが必要だと思います。特に外国語力も同じように低い場合は、教科学習のレベルも低い場合が多く、このような判定を学校でされた場合は担任の先生ともよく連絡を取り、日本語学習と共に基礎学力を付ける努力をすべきでしょう。この際、いったん英語力を棚上げにしておくことはいうまでもありません。このような児童で、学校に任せるだけでは不十分と感じたら、母親も子どもといっしょに勉強するよう心がけてください。