第二言語学習に適した時期

日本人がバイリンガルを目指す場合、第二言語の学習をいつ始めるのが良いのかは良くわかっていないが、いつ始めるのが良くないかに関しては、ほぼ意見が一致している。

言語学を専門とするトロント大学名誉教授の中島和子氏は、9〜13歳は母語の固定を再優先すべきと主張している。

中島は社会言語学者柴田武の提唱した言語形成期(柴田 1956)の概念を拡張し、バイリンガル育成の立場から以下のような説を唱えている。

年齢 内容 バイリンガル育成にすべきこと
0〜2歳 ゆりかご時代 親の一方的な話しかけ、母語の骨組み 英語を聴かせる
2〜4歳 子ども部屋時代 自分から積極的に話しかける 歌・絵本などで英語と接する
4〜6歳 遊び友達時代 子供同士の遊びができる 本の読み聞かせ
6〜8歳 学校友達時代前半 親よりも友達の影響を受ける 読み聞かせ、親子の絆、日本語保持
9〜13歳 学校友達時代後半 母語の固定 母語の消失を防ぐ

西大和学園カリフォルニア校校長の西川勝行氏は、小学生の間は母語の学習をきちんと行うべきと主張している。

西大和学園における理想の英語教育に対するポリシー

1 ダブル・リミテッド・バイリンガルになってしまうことを避けなければいけない
〜中略〜

2 第一言語である日本語読解力習得を軽視してはならない
〜中略〜

3 小学校低学年で習得した英語が短期間で抜けていく
〜中略〜

 西大和学園における英語教育では、上記の3つを避けるために、日本語の国語力をしっかりと身につけさせます。

海外子女の研究を専門とする言語学者の小野博氏は、母語の基礎が完成していない小学生の年齢では、学習言語の変更は行うべきでないと主張している。

日本語と英語のバイリンガル
では、子供の場合、どうして日本語と外国語、特にインド・ヨーロッパ言語とのバイリンガルには自然にはなりにくいのでしょう。
その原因の一つは、単語の語源ばかりか文法や語順など言語そのものの構造が大きく異なる事にあります。
さらに二つめは、母語の基礎が完成していない小学生の年齢で学習言語が変化し、身につき始めると、前の学習言語は急激に忘れていきますが、新しい言語が身につくまでは、言語力を中心に発達する子どもの知的能力の発達にも大きな影響がでることが予想されます。
このことは日本人の子どもが英語圏で生活し現地校で学習する際、英語を覚える段階で日本語と英語の単語を混ぜて使ったり、語順がおかしくなる、いわゆる言語の混乱過程を経てから、その学習言語に慣れていくことからもわかります。インド・ヨーロッパ語系を起源とする言語間の距離に比べ、日本語と英語との距離は非常に遠く離れているために、その以降過程がスムーズに行われないと言語習得過程が混乱するばかりか両言語とも中途半端になる場合が多いのです。

中でも、小学校中学年の間に学習言語を変更することが、最も危険だと指摘している。

最も問題になるのは、小学校中学年(三〜四年生)くらいで母語を変えざるを得ないような環境の変化があった場合です。この時期は感受期が終わりかけている時期で、母語が確定しかかっているわけですから、一部は最初の言語の影響が残り、一部は新しい言語を習得してしまうというような混乱がおこるのでしょう。そこで言語力もどっちつかずということになりやすいのだと思われます。

海外子女の教育に携わっていた教育学者の市川力氏は、帰国子女の会「フレンズ」のアンケートを引用し、帰国子女本人は母語を確立してから第二言語を学んだほうが良いと考えていることを指摘している。

帰国生母の会「フレンズ」が、2003年に、帰国生本人に行ったアンケート調査の一部である。この結果を見ると、多くの帰国生(105/257)が、母語を確立した後に外国語を学び始めたほうが良いと考えていることがわかる。母語と外国語とを共に伸ばしていく難しさ、大変さを実感している当事者としての見解だけに、非常に興味深い。

市川氏はまたカミンズを引用し、小学校高学年までは母語の発達を重視すべきだと主張している。

前節で、小学校高学年までに母語で読み書きできる力を高めることを強調したのは、より高度な英語の学習をするためには、母語の力が大いに関係してくるからである。カナダの言語学者カミンズは、母語と第2言語とは、音声構造・文法構造・表記法といった表層面は異なっていても、論理的に分析し、類推・比較し、まとめる力といった抽象的な思考に必要な能力、文章構造や文章の流れをつかむ能力といった認知能力に関わる深層面では共有する部分があるという仮説を立てた。カミンズは「氷山」を模して、この仮説を説明したが、海に沈んできる部分の能力は、異なった言語どうしでも共通して利用できるという推測は、実際に教育現場において確認できる事実とも整合性を持つ。

ピッツバーグ大学言語学科教授の白井恭弘氏は、ジアらの論文を引用し、上記のような年齢と第二言語学習時期との関係はヨーロッパ系の人には認められず、アジア系の人にだけ認められる事を示している。おそらく日本人が母語の発達を重視しなければならないのは、日本語と英語で言語間の距離がはなれているためだ。これがインドヨーロッパ語族同士であれば、学童期の母語の獲得にはあまりこだわらなくていいのかもしれない。また、第二言語学習に適した年齢に関しては、海外の研究はあまり参考にならないということも言える。

さらに、ジアらの2002年の別の論文では、人種によって、臨界期の表れ方が異なる、というデータを提示しているので、この点にも触れておきましょう。
(中略)
アメリカへ移住した人のアメリカ到着時の年齢と英語能力の関係を調べ、それをヨーロッパ系グループ(主にロシア語を母語とする学習者)とアジア系グループ(北京語、広東語、韓国語を母語とする学習者)に分けて比較したのです。すると、ヨーロッパ系学習者には統計的に有意な年齢の影響がなく、アジア系学習者にだけ有意な年齢の影響があったのです。

まとめ
  • 小学生の年代では、母語の獲得に力をいれるべきである。
  • 特に小学校中学年に学習言語を第二言語に変更することは、その後の言語力低下の危険性が高い。
  • このような年令による影響は日本語と英語の言語間の距離が離れていることに起因しており、インドヨーロッパ語族間ではこのような影響は認められない。
  • したがって第二言語学習の適性時期に関しては、海外の研究は参考にすべきでない。