(白井 2008) 外国語学習の科学 第二言語習得論とは何か 第1章

外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)
著者は言語学・言語取得論の専門家で、現在はピッツバーグ大学言語学科教授、上智大学国際言語情報研究所客員研究員、言語科学会会長。

プロローグ

外国語を身につける,とは
筆者はアメリカの大学で応用言語学を教ええいますが、アメリカ人は外国語があまりできないといわれています。英語がすでに国際語となっているため、一般のアメリカ人が外国語を必要とする場面はあまりありません。それがアメリカ人の外国語ができない大きな理由となっているのは確かでしょう。

アメリカでは「外国語が話せることによるメリット」がほとんどない。だからそもそも「バランス・バイリンガルを育てる」ことへのインセンティブが存在しない。インセンティブがなければ、そのためのメカニズムも育たない。アメリカのバイリンガル教育は「過渡期バイリンガル」であり、最終目標は英語力の向上である。そこには、母語の育成という視点は存在しない。アメリカで教育を受けた日本人が、結果としてバランス・バイリンガルとなりにくい理由の一つがここにある。

第1章 母語を基礎に外国語は習得される

言語間の距離と習得の難しさ
「日本人は英語ができない」とよく言われます.できない理由はひとつではないのですが,まず第一に重要な障害になっているのが,英語と日本語の間の距離です.つまり,学習者の母語と学習対象となる言語が似ていれば似ているほどつまり距離が近ければ近いほど,全体としては,学習しやすいのです.

言語間の距離がバイリンガルの成否に影響することは,(小野 1994)でも指摘されているとおりである.

日本語と英語のバイリンガル
では、子供の場合、どうして日本語と外国語、特にインド・ヨーロッパ言語とのバイリンガルには自然にはなりにくいのでしょう。
その原因の一つは、単語の語源ばかりか文法や語順など言語そのものの構造が大きく異なる事にあります。
(中略)
このことは日本人の子どもが英語圏で生活し現地校で学習する際、英語を覚える段階で日本語と英語の単語を混ぜて使ったり、語順がおかしくなる、いわゆる言語の混乱過程を経てから、その学習言語に慣れていくことからもわかります。インド・ヨーロッパ語系を起源とする言語間の距離に比べ、日本語と英語との距離は非常に遠く離れているために、その以降過程がスムーズに行われないと言語習得過程が混乱するばかりか両言語とも中途半端になる場合が多いのです。

日本語と英語の距離。これもまた、アメリカからの日本人帰国子女がバランス・バイリンガルになりにくい理由の一つといえよう。では、言語間の距離は第2言語獲得に対して、具体的にどの程度の影響があるのだろうか。

さて、日本人にとって英語が難しいのと同様に、その逆、つまり、アメリカ人の学習者が日本語を学習するのも容易ではありません。それに比べて、アメリカ人がスペイン語とかフランス語を学習するのはずっと楽です。アメリ国務省の外交官養成機関である Foreign Service Institute の1985年の資料によると、アメリカ人が日本語をかなりのレベルで使えるようになるのは、下の表のようにアメリカ人がスペイン語をかなりのレベルで使えるようになる時間の倍以上かかるということです。


アメリカ人学習者が週30時間の集中コースで上級レベルに達するまでに必要な学習時間

44週 アムハラ語、アラビア語ベンガル語ブルガリア語、ミャンマー語、中国語、チェコ語ダリ語フィンランド語、ギリシャ語、ヘブライ語ヒンドゥー語、ハンガリー語、日本語、韓国語、ラオ語タガログ語ポーランド語、ロシア語、セルボ=クロアチア語タイ語トルコ語ウルドゥー語
32週 インドネシア語、マレーシア語
24週 アフリカーンス語デンマーク語、オランダ語ノルウェー語、ポルトガル語ルーマニア語スワヒリ語スウェーデン
20週 フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語

(T. Odlin, Language Transfer, 1989, p.39 より再構成)

また、アメリカ国防総省外国語学校における外国語取得難易度でも、日本語は最も難易度の高いカテゴリーに入っています。

Language Categories

Category I language
French, Italian, Portuguese, and Spanish
Category II language
German
Category III language
Dari, Hebrew, Hindi, Persian, Punjabi, Russian, Serbian-Croatian, Tagalog, Thai, Turkish, Urdu and Uzbek
Category IV language
Modern Standard Arabic,Pashto, Chinese, Japanese, and Korean

英語・フランス語のバイリンガルと日本語・英語のバイリンガルの達成の難易度がまったく異なることは、この表から容易に類推できる。

まとめ

  • アメリカのバイリンガル教育は母語育成という視点がなく、バランス・バイリンガルを目指していない
  • 英語と日本語の組み合わせは言語間の距離が離れているため、バランス・バリリンガルには適していない